教員免許なしの30歳から教師に転職して公務員になった方法を告白

 

当ブログにお越しくださりありがとうございます。

 

今回のテーマは、『免許なしの30歳から転職して教員になった方法』について書きました。

 

私は30歳まで会社員、そこから転職して約10年間、小学校の教師として働いてきました。

教員のハードルは高そうに思われますが、がんばれば誰でもなれるものです。

 

同じような境遇の方にお役に立てる情報を提供できたらと思います。

 

この記事を通して、

・そこそこ大変ではあるが、30歳からでも教諭になれる

 

・講師と教諭にはいろいろと違いがあるので、早く教諭になった方がいい!

ということが理解できます。

 

ぜひ参考にしていただけたらと思います。

30歳から教員を目指したきっかけ

30歳になったとき、自分の人生の ”これから” を立ち止まって考えました。

おれはこの先どうなっていくのか・・・と。

 

20代は会社につとめながら、バンドマンとして活動していました。

 

平日の夜はスタジオ、終末はライブ活動のような生活を10年近く続けてきました。

全国CDデビューもして、今もプロで活躍する友人もいます。

 

けれども、いろいろありまして、音楽活動をやめることになりました。

大物歌手の所属する事務所にスカウトされたのですが、なかなか音楽を本業にはできなかったんですよね・・。

 

あれこれ悩んだ末、自分の経験や特技を生かすのに、小学校の先生が向いているだろうという、友人の勧めもあり一気にその気になりました。

 

当時の私は、バンドマンとしての栄光と挫折を超短期間に味わったため、もう音楽からはきっぱり離れようと決意したところでした。

なので、再び生きるパワーが湧いてきたのでした。

 

けれども・・・。

 

ディラン先生の自己紹介・第三章【大学~バンドマン編】見た目から入って人生が好転

30歳から教員免許取得

かつて、中学の英語教師になろうと外国語大学に行ったものの、バンド活動に力を入れすぎたあまり、教員免許を取らずに卒業しておりました。

 

社会人になってから、教員免許を再び取るのはかなりハードルが高いように思えました。

また大学に通わなければいけないからです。

 

バンド活動にありったけのお金を投入してきて、100万円ほど借金が残っている状態でした。

 

ディラン先生

無理やん・・・

一瞬で現実に引き戻されました。

 

ディラン先生

お金ないし・・・

 

ですが、

ディラン先生

そうだ!機材を売ろう

と思いつきました。

 

一応プロだったので、機材は一級品な物が揃っていました。

 

これをヤフオクで売れば学費は何とかなる!?

てことで、次々と出品していくことになりました。

 

とはいえ、大学に通える学費には程遠いな・・・と思っていたら、一筋の光が差しました。

 

通信教育の大学で足りない単位を補えば、教員免許が取得できるとのことでした。

 

全部の単位をとる必要はなかったのです。

 

速攻で、京都の佛教大学から願書を取り寄せ、入学手続きを進めました。

しかし、まだクリアできていない問題がありました。

バンドマンとはいえ、昼間は普通に働いていたので長期間休むことが難しい状況でした。

 

人手不足のため、代わりの人がいない状況でした。

 

教師になるには、教育実習に1か月も通わねばならないのです。

 

直接、会社の社長に事情を話し、なんとか了承を得ることができました。

 

同時に3月末で退社の意向を伝えると、教育実習後に戻ってからは引継ぎを兼ねた、若手の人材育成担当に任命されました。

 

人生の分岐点・教育実習

念願叶っての教育実習ですが、1か月まるまるフル稼働状態でした。

これは結構きつかったです。

 

実習生とはいえ、全力でこき使われる重労働でした。

肉体的にも、経済的にもハードでエキゾチックな1か月でした。

 

期間は1か月間。担当の学年は2年生でした。

超小さいし、超かわいい!!

 

それまで、子供と関わることがほぼない日々を過ごしてきたので、それはそれは人生観を大きく揺さぶられる毎日でした。

 

ただ、実習中はウルトラ忙しく、想像を絶するとは、このことを言うのだと思います。

正直、ドカタ以上やん・・・と思いました。

 

帰ってからは、その日の振り返りレポートを目をこすりながら作成しました。

翌朝に担当教諭に提出して、ハンコをついてもらいます。

 

そして、辛かったのが、日中の刺激があまりにも強すぎて、夜中、学校の夢しか見れなくなっていました。

ずっーと眠りが浅い毎日でした。

 

とにかく1か月間は気持ちが休まる暇がなく、教育実習に行って、教師を諦める人がいるのは理解できました。

 

教育実習の最わりには、子供たち相手に、本番の授業をしなければいけません。

しかも、大勢の先生が見に来ている前でです。

 

今振り返れば、授業の ”じ” も分かっていないようなひどいものでしたが。

 

そして、怒涛のように一カ月は過ぎ、涙のお別れ会を迎えました。

「必ず、また会いに来るから!!」と告げて、お別れをしました。

 

その頃には、大変すぎる仕事ではあるけど、「おれは絶対教師になる!」と腹が決まっていました。

 

教育実習前に知っておきたい!教師が実習生にイラっとする行動10選を現役教師が解説!

単位取得に追われる日々

教育実習が終わると、またこれまでのように会社に戻り、忙しい日々を過ごすことになりました。

 

これまでと違っていたのは、教員免許に必要な単位を取るためのレポートを山ほど提出しないといけないという、厳しい現実がプラスされたことでした。

 

というのも、教育実習に行くまでは、何となくやる気に火がつかず、レポートの提出が滞っていました。

 

その当時、佛教大学では2種免許の場合は最短1年で教員免許を取得することが可能だったので(現在は不可なようです)

 

”1年で取れたらラッキー、けどまあ2年はかかるよねー。”

 

くらいに考えていたので、だらだらと過ごしていました。

 

ですが、教育実習を終えた私は、絶対、教師になる!と目覚めていました。

 

実習先の子供たちへの、

「必ず会いに来るから!」という約束を守るため、絶対に今年度中に免許を取得することを心に誓ったのでした。

 

スケジュール的には、怠けの許されない、ギリギリのところでした。

 

残りの4か月、毎月レポートを4つずつ送り、レポートの認定試験を全部クリアしないと今年度中には免許を取れないような状況でした。

 

ディラン先生

無理やん・・・

とまた心の声がつぶやきました。

 

ですが、

「あの子たちとの約束は必ず守る!」

その思いだけで、レポートを消化する日々を過ごしました。

 

併せて、その年の年度末で退職すると会社にも告げていたので、後がない環境も原動力になっていたと思います。

 

レポート作成と試験勉強の日々

仕事から帰って、ささっとご飯と風呂を済ませて仮眠。

夜中の3時に起床して、レポート作成と試験勉強の日々を過ごしました。

 

怒涛の日々が過ぎ、いよいよ最終レポートの試験。

超難関のプログラミングと法律の試験だったかと思います。

 

そして、結果はなんと不合格。

ネットの掲示板などを見ると多くの方が苦戦していたようでした。

 

しかし、ラッキーなことに、追試試験がありました。

受けた結果、1つは合格、1つは不合格。

 

なんでー!!

となりました・・・。絶望です。

 

しかし、後日、思ってもいないチャンスが到来でした。

ほんとのほんとに、最終の追追試験。これ落ちたら来年また会いましょー!

という通知が届きました。

 

人生をかけたほんとにほんとの最終試験です。

送られてきた通知に、『合格』の文字。

 

さすがに、泣けました。

父と缶ビールで乾杯して、父も安心して泣いていました。

 

レベルの低い話かもしれませんが、働きながら教員免許を取るというのは結構大変なことです。

それを1年(実質半年)で完結させようとするのも無茶があります。

 

何事も計画的に取り組めば、身を削ることもないのかなとも思います。

講師登録をして働きだした

免許を取った後にすることは、講師登録です。

大学4回生の時に、教員採用試験に合格していれば登録する必要はありませんが、中途採用組の多くは、まず講師から教員生活をスタートさせます。

 

講師登録は、自分が働きたい都道府県の教育委員会に届け出をして登録をします。

 

私は、提出先が市役所にあったので、そこに履歴書を持って行き、登録を済ませました。

 

軽く、面接のようなかたちで、これまでの経歴を聞かれました。

対応してくださった方は、教育に携わったことのある感じの教員OBのような方でした。

大阪市教育委員会

 

登録が済むと、後日電話がかかってきて、

「ここの学校の、こういう条件ですがいかがですか?」と聞かれます。

 

問題がなければ、いついつに学校に面談に来てくださいと言われますので、学校にて最終の確認を行います。

 

教育実習先に再降臨

ちなみに私は、教育実習先つまり、わが母校に再び講師として働くことになりました。

なぜか。

 

子どもとの約束を守りたかったからです。

 

かっこいいこと言ってますが、ほんとなんです。

 

「また会いに来るから!」という言葉を、りちぎに守るために半年間、しにもの狂いで教員免許を取るための勉強をしてきました。

 

けれども免許を取っても、働き先はたいがい教育委員会がわりあてます。

 

そんなことされたら困るってことで、私は免許取得後すぐに実習先に連絡をいれて講師で雇ってくれないかと問い合わせました。

 

正直、校長も教頭も引いてました。

「こいつマジやで・・・」

 

ですが、そこは押しの一手で頼みこみ念願の母校で講師1年目を迎えることができました。

 

その当時は実家に住んでいたため、校区内に教員が住んでいてはいけないということで、わざわざ引越しまでしました。

 

そこまでして、やっと30歳から教員になることができました!

 

講師は勤務先を慎重に選ぶべし!

初めての講師の依頼で陥ってしまう失敗事例として、

❛超劣悪な条件にほうり込まれる❜

ということがあります。

 

私の知人は、初めて講師で受け持ったクラスを3か月で崩壊させてしまい、学年の主任にいじめられて、鬱になり途中で退職してしまいました。

 

現在、どこの学校でも教師が足りていないので、講師は売り手市場です。

依頼が来て、はやる気持ちもありますが、細かい条件は、はじめにしっかり確認しておくことが、自分の身を守る重要な手段だと思います。

 

特に、これまで教員経験がないにも関わらず、いきなり担任をもつことは結構なギャンブルだと思ってください。

 

確認すべきこと一部
・担任が変わることになった経緯

 

・クラスの手のかかる子

 

・支援が必要な子はどのくらいいるのか

 

・やっかいな保護者はいるのか

 

・学年の協力体制は?

 

・校務分掌は無理のない仕事か

など、丁寧に聞いて確認しておく必要があります。

 

担任を持つということは、子供の命を預かるのと同時に、自分の命も預けるくらいの覚悟が必要です。

 

未経験の方にいきなり担任を持たせざるを得ない、現在の教育現場の状況も悲惨ですが、それに直接的に関わる講師さんは、生きることも辛くなってしまうことだってざらにあります。

 

ですので、事前確認、条件の選別は入念にされた方がよいと思います。

採用試験を受けて3度落ちる

正規の公務員=教諭になるためには、教員採用試験に合格しないといけません。

チャンスは、1年に1回です。

 

私はそのチャンスを3回も取りこぼしてしまいました。

 

言い訳になりますけど、講師の仕事が楽しすぎてほとんど勉強もせずに過ごしてしまったためです。

 

教師は不人気の時代に

団塊の世代の大量退職に伴って、10数年前から大量採用の時代が到来していました。

そろそろ再び氷河期がやってくるだろうと、数年前から言われていますが、未だに大量募集、低倍率が続いている都道府県もあります。

 

これが何を物語っているかは、察しの通りです。

なり手がいない状況なんですよね・・・。

 

教育委員会もなんとか人材を確保しようと、いろいろなアドバンテージを与えて合格に繋げている感がします。

大阪市は年々、特例が増えていっているような気が・・・。

大阪市にみる特例
・社会人経験者特例

・教諭経験者特例

・大阪市現職講師

・講師等経験者特例

・前年度1次合格者特例

・大学推薦特別選考特例

・教職大学院推薦特別選考特例

・大阪市教師養成講座修了者特例

 

☆ボランティア加点

 

特例多いですね。

特例というんでしょうか・・・。

 

今はまだ、教諭になりたいと考えている方にはチャンスの時期だと思いますので、確実に合格を掴めるよう7月までに準備万端にしておいた方がよいですね。

 

一次試験に合格すると、1~2か月後に二次試験があります。

各都道府県によって違いはありますが、面接と実技、筆記試験があります。

 

水泳は下手くそでも、遅くても、とりあえず息継ぎで25m泳げることは最低限必要です。

 

受かった方でも苦手な方もいますし、感覚的には、減点はあるでしょうが、よっぽどではない限り不採用にはならないのではないかと思っています。

 

転職して教員採用試験に合格するために必要なこと6選【34歳で教諭になった視点で分析】

教諭(正規公務員)になる

晴れて採用試験に合格すると、4月1日付けで教諭になります。

私は4年かけてやっとなれたので、その当時はほんと嬉しかったです。

 

今は別の事業で独立を考える日々でございますが。

 

仕事内容は、講師と教諭はやることは、ほぼほぼ同じです。

 

担任も持ちますし、残業もめちゃめちゃあります。

遠慮なく文句も言われます。

 

給料面では、年々違いが大きくなっていくので、できるだけ早く合格するほうがよいですね。

私は30歳からの講師、かつ数年間不合格だったので、年下の先生よりも数万円給料が安いです。

 

【教員の給与明細】小学校教員の年収・給料は?給料表の号給・等級・手当について解説

 

管理職になるか、年度末に行われる人事評価以外に、給料を上げるすべがほぼないですから、自然とモチベーションは上がらない仕組みになっています。

 

ただ、見方を変えれば、初任からずっとやってきたにも関わらず、中途で入ってきた人間と数万円程度しか給料が変わらないとなると、それはそれで気の毒な気もしますね。

 

講師と教諭の大きな違いは?

私が講師時代と教諭になって変わったと感じるところは、同僚との関わり方です。

厳密にいうと、❛関わられ方❜です。

 

目には見えませんが、確実に存在するであろう、講師と教諭との壁です。

 

講師の時は、「教諭だろうが関係ない、関わるのは子どもだ!」と思っていましたが、

実際に教諭になって感じるのは、任せられている仕事の責任度合いの違いです。

 

ここまでは任せられるけど、これは講師の先生には・・・

みたいなものは、管理職からもビシビシと伝わってきますし、実際に話しています。

 

自分の気づかないところで、私もこのような感じで見られていたのかなと思います。

 

なので、本気で教師を目指すなら、早めに教諭になられることをおすすめします。

多少なりとも、発言権もついてきます。

 

ただし、教諭が全ての選択肢ではないですし、教諭になることが、人生の成功や幸せと結び付くかどうかは人それぞれですが。

 

教諭と講師の給料を比較!正規採用で年収40万UP!【教員の給料明細を公開】

まとめ

30歳からの教員への転職は可能です。

ただし、免許を持っていなければ、それなりに大変です。

 

何かしらの待遇は、やはり講師より教諭の方が良いですから、なるべく早めに教員採用試験に合格されることが望ましいかもしれません。

 

私みたいな、180度違う世界から急遽、方向転換しても教諭になれますから、諦めずに取り組めば必ず成就すると思います!

 

何かしらの参考になれば幸いです。

最後まで読んでいただきありがとうございました!

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