【学級経営】荒れる3つの原因とは/教師の価値観やメンタル面も大きく影響!教師があるあるを解説

 

【動画での解説はこちらから】

 

お母さん

うちの子のクラスが最近ざわざわしていて、よくケンカや物隠しが起きるそうなのよ・・。

お母さん

そうなの?!たしかにうちの娘が、隣のクラスはケンカばかりして、先生が叫んでる!ってこないだ言ってたわ。

お母さん

うそー!隣のクラスまで聞こえるって相当ね。

大丈夫かしら・・・。

ディラン先生

残念ながら、大丈夫とはいえる状態ではなさそうですね。

2組の担任の先生は、荒れる3つの原因にぴったり当てはまってしまっています。

ここから立て直すのは、相当の力が必要です・・。

 

当ブログにお越しくださりありがとうございます。

 

今回は、【学級経営】荒れる3つの原因について書きました!

 

小学校で10年近く勤めてきたなかで、毎年必ずどこかの学級は荒れてしまい、崩壊してしまっていました。

 

学校現場ではあるあるな話です。

私自身も、1年間子供たちと過ごす中で、疲弊した経験や荒れてしまっているなぁと感じる経験をしたことがあります。

 

それらの経験をもとに、学級の荒れの原因についてまとめてみました。

なぜ学級が荒れるのか

学校現場において、学級の荒れは深刻な問題です。

産休・育休や病休で不足する教員数を埋める講師の加配も十分にされない状況の中、現存の教員でなんとかやりくりしている状況が続いています。

 

今の文科省の取り決めでは、3年生以上の学級は、41人までを1学級とし、一人の担任でみることになっています。

これだけでも手一杯なことが想像つくかと思いますが、もし42人になったとしても、学級に特別支援学級の在籍児童がいれば41人枠にはカウントされません。

 

特別支援担当の先生を加配されるからです。

 

つまり、45人学級もあり得るということです。

 

さすがに実際にはないと思いますが。

 

そんな中で、学級担任の先生は疲弊しながらも職務にあたっているわけですが、クラスが荒れる・荒れないは紙一重なところだと思います。


全く経験のない人が1か月担任をすれば、すぐに崩壊へのカウントダウンが始まるでしょう。

 

30~40人を統率する仕事は想像以上に過酷です。

それほど学級経営は難しく、高度なものなのです。

 

そして、同じような条件下でも、荒れる学級、荒れない学級が存在します。

その違いはいったい何なのでしょうか。

 

ここからは、学級が荒れやすい原因を3つの視点から解説していきたいと思います。

学級が荒れる3つの原因

①教育技術の不足

 

 

②子供との関係づくり

 

 

③教師の価値のない価値観

以下はこれらについて書かれています。

 

もちろん、学級での荒れの原因は他にもたくさんありますが、今回はこの3つの原因に絞ってまとめています。

 

それでは詳しく解説していきたいと思います!

①基本的な教育技術の不足

教師をやっていくうえで一番ベースになる部分が教育技術です。

 

子どもに対する愛情だと言う方もいますが、愛情だけではやっていけないのが実際のところです。

 

医者でも、大工でも、サッカー選手でも専門技術がなければプロとしてはやっていけません。

 

けれども実際、教育現場では、専門的な教育技術を身につける前に、学級担任の仕事を任されることは少なくありません。

 

そうして、夢をもって教育現場に入ってきた新卒の先生が、現実の過酷さに夢砕かれ退職してしまうケースもたくさんあります。

 

そもそも、ほとんどの大学では、学級経営の仕方については教えてくれません。

現場に入っても何の役にも立たないような、お偉いさんが書いた分厚い本をもとに単位を修めていくのがざらです。

 

ですから、新卒の教員に限らず、自分で身銭を切って本を読むなり、休日に学びにいくなどしない限りは、先輩教員から教えてもらった技術がその先生の指導技術になっていきます。

 

出会う先輩教員が指導力に長けていればまだ救いはありますが、我流でやり続けてきた向上心のない先輩教員は、文字通り反面教師にして学ぶしかありません。

 

多くの教師は、自分の経験値をもとに指導力を高めていきます。

集団を統率するためには、適切な言葉、間、声の大きさ、振舞いなどの細かな技術が必要です。

 

また、学校生活の大部分は授業で構成されていますから、当然、授業力が低ければ子どもは荒れだします

 

教師を何十年と続けていくのであれば、教育技術のアップデートを怠ることは、自分自身の首を絞めることにつながっていきます。

 

逆に、常に学びを続ける教師は、子どもとの関係を良好に保てる確率が高まるということです。

 

当たり前のようなことですが、当たり前ができていない学びの少ない教員も少なくないことは否めません。

②子どもとの人間関係づくり

若い先生はとにかく子どもと遊びなさいと言われます。

 

それはつまり、授業力も教育技術もない代わりに、遊びの中で人間関係をしっかり築きなさいということです。

 

多少、授業がつまらなかったり、理不尽な叱り方をしても、子どもが先生のことが好きだったら、家に帰って親に文句も言わないし、子どもが楽しそうに過ごせていたら、親も安心して預けることができます。

 

ディラン先生

自分の子どもを通わせるなら、ずーっとピリッとシーンとした落ち着いた学級よりも、多少はガヤガヤしている。

けど、なんだか子どもが楽しそうで幸せそうに過ごせている学級の方がいいなと思っています。

 

そんな私もかつて、問題の起きないクラス作りをしていた時期もありましたが、ここ数年は(自分の子どもを通わせるなら)という目線でクラス作りをするようになりました。

 

学級経営は、教師の指導力と子どもの人間関係の両輪のバランスで成り立っているといっても過言ではありません。

 

いくら指導力が高くても、子どもの気持ちに寄り添えなかったり、ただ抑えつけるだけだったりの統率力では、学級はギスギスしてしまい、荒れの兆候を生みだします。

 

幸い、その年が問題なく過ぎたように見えても、次の年に大きく荒れるはよくあることです。

 

逆に愛情に溢れていても、統率力がなければ、時間が経つにつれて荒れは加速していきます。

 

教師が語る、学級崩壊させる教師の4条件~これが揃えば確実に荒れる!~

③教師の価値のない価値観

何を基準に子どもの行動をジャッジするのか

子どもと毎日を過ごす中で、必ず指導を入れないといけない場面があります。

 

教師は指導者ですから、子どもが社会にでてより良く生きていくために、集団生活のルールや社会規範を教えていくことが求められます。

 

そして、不適切な行動を指導する場面では、子どもと繋がれていない感覚を味わうことが多々あります。

 

自分の言葉、思いがなかなか届かないと感じます。

 

教師

子どもへの思いはあるのに、なんで分かってくれないのか。

 

こんな行動を繰り返してたら、あなたにとって良くないし、全体にとっても悪影響。

 

だから自分は正しい行動をとっているのに。

 

もがけばもがくほど、子どもとの関係は悪化していき、自分自身のやり方や自分自身さえも嫌になってくる。

 

これは昔、私が学級指導でしんどくなる時に陥ってきたパターンです。

パターンですから、1度や2度ではありません。

 

私はわりときっちりしないと嫌なタイプで、社会人上がりもあって規範にもうるさく、正論でねじ伏せることもやってきました。

今ならだいぶ自分のことを俯瞰して見れるようになりましたが、そうでない頃は悲惨だったかもしれません。

 

ここで考えていただきたいのは、子どもの行動の何を基準に、正しい、正しくないを判断しているかです。

 

社会一般的にとか、常識的にと考えられるかもしれませんが、その常識は何を基準に作られたものでしょうか。

 

そして、その基準は、子どものすべてに当てはめて問題はないものなのでしょうか。

 

価値観は自分が色付けしたもの

目の前に、少しだけ汚れたタオルがあると想像してください。

 

目の前にあるのは、「汚れのついた布のタオル」です。

それは揺るがない事実です。

 

そして、それを雑巾とするか、可愛いハンカチとするか、プレミアタオルとするかはその人の価値観で決まります。

その価値観は、その人がこれまでに培ってきた経験や出会った人からの影響から生まれます。

 

つまり、100人いれば、100通りの価値観が存在します。

 

また、外部からの影響も大きく受けます。

 

もし、この布がメジャーリーガーの大谷選手が高校時代に使っていたものだとしたら?

 

プレミアに早変わりしてしまうかもしれません。

それくらい、人の価値観はもろいものでもあります。

 

常識的にというのは、100人のうちの大体が外さないだろという部分を切り出したものです。

 

【人をたたくのはいけない、ましてや人を殺すのはいけない。】

これは、今の日本の社会では常識ですが、時代、国、人が変われば価値観も常識も変わります。


つまり、自分が疑いもなく正しいと決めつけて見ている現実は、あくまで自分が色づけしたものにすぎないということです。

 

それじゃあ、個々の行動のすべてを認めて、学校で暴力を正当化するのかというツッコミが入るかもしれません。

 

私が伝えたいのは、人を傷つけたり、物を盗んだり、社会的に許されないような一般常識から逸脱した行為なら、正しい行動を教える必要はあると思いますが、

 

学校文化で形成されている常識、多くの決まり、教師が子どもに求める正しさについて、疑いの視点も併せ持つ必要はあるということです。

 

その視点をもたずに、正しい、正しくないのジャッジをしてしまうから柔軟性が失われ、歪が生じてしまいます。

周りの先生の目を気にして指導にあたっている教師はわりと多いのではないでしょうか。

 

クラスがざわざわしている。

誰かが立ち歩いてる。

朝の時間に静かに自習ができない。

上靴のかかとがバラバラ。

掃除をさぼっている。

よくトラブルが起こる。

テストの平均点が隣のクラスに負けたくない。

子どもがうそをつく。

食べ残す、声が小さいなど。

 

数え上げればきりがないですが、誰しも自分の弱い部分は人に見られたくないですから、できるだけ見栄えのいいクラスを求める傾向はあるかと思います。


そのために、する必要もない指導や、子どもとの闘いを生んでしまうこともあります。

 

教師が余計な戦いを生んでいる

例えば、給食の時、揃っていただきます、ごちそうさまをする学級が圧倒的に多いかと思います。

 

なぜ、この行為が必要なのでしょうか。

 

感謝の気持ちを教えるためですよね。

 

ですが、場合によって、教師によっては、揃って挨拶をしないことに対して厳しく指導することもあるかと思います。

 

はたして、ここで強くでる、押し切る必要はあるでしょうか。


揃って、いただきます・ごちそうさまをする場面は学校以外ではそうそうありません。

 

ここで大切にしたいのは、命や見えないところへの感謝の気持ちをもつことならば、表現の仕方は一つではないはずです。

 

ですが、教師は多くの場面で、目に見える形にこだわりすぎるあまりに、余計な歪を生んでしまいます。

 

なぜ、給食の時にあいさつをしてきたのかを子どもたちに考えさせて、教師の思いを伝えて、一応は学級でそろえてやってるけど強制ではないという前提を教師がもっていれば、それ以上の追及は生まれません。

 

ディラン先生の自己紹介・第一章【小・中学校編】義務教育で精神を崩壊

 

教師の価値のない価値観を疑い、捨てる


一例を書きましたが、あらゆるケースに当てはめて考えることができます。

 

朝礼で一列にきれいに並べていなかったら、憤慨する必要はあるでしょうか。

子どもに対して、自分が叱ったのはなぜかな

 

 

本当にそこまでつめる必要はあったのかな

 

 

そもそも、自分の考えが正しいのかな

自分自身に対して、これらの問いかけをしてみたら、子どもへの関わり方も少しずつ変わってきます。


ただし、これまであったものをすべて手放す必要もないですし、それはそれでリスクが大きいです。

 

必要なのは、これまで自分の価値基準で10個叱ってきたなら、そこに疑いをもって言葉が口をでる寸前まで吟味することです。

 

明日は、嫌われ口が9個に減るかもしれません。

これは放任でも、見て見ないふりをするのではありません。

 

これまで持ち続けてきた自分のこだわりを少し緩めてみるということです。

 

少し緩めるだけで、子どもとの距離感はぐっと違ってきます。

 

一人一人の価値観は大切ですが、教師が自分の価値観に縛られていると、学級の子どもは悲惨です。

 

当然、荒れの温床になりかねません。

まとめ

学級が荒れる3つの原因
①教育技術の不足

 

②子供との関係づくり

 

③教師の価値のない価値観

これら3つの要素が重なると、高い確率で学級は荒れます。

 

この記事がなにかしらのお役に立てれば幸いです!

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