ディラン先生の自己紹介・第四章【教育実習~教師編】人生はそう、ジェットです!

 

こんにちはディラン先生です!(@dylan_sennsei)

 

当ブログにお越しくださりありがとうございます。

 

この記事は、ディラン先生の自己紹介・プロフィール【教育実習・教師編】となっています。

 

こんな内容です・教育実習~講師時代
リンクで飛んで行ってください

 

 

・長すぎる採用までの長すぎる道のり
学習の本質は楽しいから学ぶ

 

 

・面接のみに3回投じて爆死
講師特例というクソ制度の罠

 

 

・教諭時代は楽しいことばかり
教師?余裕やん

 

 

・6年担任、初めての挫折
寝ていないと頭が狂う

 

 

・な、なに?!脳梗塞だと??
落とし穴さ~ん、いらっしゃーい

 

 

・時間を手にいれて変わりだした
本もYouTubeも大事

今回も奇想天外な僕の人生、回顧録となっております。

 

ディラン先生に興味がわいてきて、読んでくださっている方が増えているのは嬉しいです!

 

それではさっそく、本題にはいっていきましょう!

教育実習~講師を始めるまで

詳しくは別記事でまとめております!

教員免許なしの30歳から教師に転職して公務員になった方法を告白

 

いきなり飛ばしてすいません・・。

長すぎる採用までの道のり

正規の採用、つまり教諭になるまでは結構な年月を要してしまいました。

 

そりゃマジメに勉強したのが、大学入試のときですから、一般教養の試験問題にはたいそう苦戦しましたね。

 

忘れてるっちゅうねん!!

 

勉強するにも、講師も教諭となんら変わらないですから、時間がないんですよね。

言い訳ですけど。w

 

ただ、一つ言わせてもらうと、小学校の教員の仕事においては、勉強の能力はそこそこで十分です。

誤解をまねきそうですけども。

 

学力も当然大事なんですけど、それ以外の能力の方がはるかに重要です。

これはどの仕事にも言えることですけどね。

 

負け犬の遠吠えじゃないですよ。

実社会では事実です。

 

特にこれからの時代、クイズ王になったってしかたがないんですよね。

Google先生もAI大魔神もいるので。

 

自分で言うのもシリーズですが、

教員2年目には何年も教諭をやっている先輩よりも、全然面白い授業をできるようになっていたし、保護者、子供からの信頼も厚くなっていました。

 

1年目はさすがにひどいものでしたが・・。

その反省を生かして、勉強しまくったんですね。

休みなしで、気が狂うほどにです。

 

そしたら、すぐに結果に結びつき始めたわけです。

あぁ、そういうことかと。

 

会社も、音楽も、教職も結局は同じなんだねと。
学習ってのは。

うまくいったら楽しいから、さらに勉強する。

そしたらまた良い結果がでる。

 

勉強することの本質ってここなんじゃないかと僕は思っています。

学びは自分を高めてくれるから楽しい。

 

うまくいくからさらに学びたくなる。

結局、探求心や検証・修正する力、コミュニケーション能力なんかの方がよっぽど大事なわけで、そのような力はどの仕事においても応用が利きます。

 

僕が思うカシコイ値が高いっていうのは、クリエイティブ・クリティカル・先読みできる・柔軟さの要素が高い人だと思っています。

 

けどまぁ、受験に関して僕は完全に負け組なわけなので。w

高学歴の人はふつうにかこいいなと思っちゃいます。

面接試験のみというバクチに3回投じて爆死

受験勉強なんてFUCK YOUだぜー!っていう(そこまでは言ってない)信念をもって、採用試験の面接にのぞめば、そら落とされるわけですよ。

 

こいつちょっと、扱いにくそうだなぁ・・。

 

ちなみに僕は、採用試験は3回、講師特例という枠で受けたんです。

 

一般教養の試験は免除で、面接だけで一次試験の合否が決まるという、ある意味ギャンブルな試験に3回も投じてしまったんです。

 

試験勉強、する暇ないし~!という浅はかな考えで・・。

 

このへんは、救いようのないバカだと思います。

検証・修正能力に欠けていましたね・・。

講師特例なんて、おススメしません!!

 

自信満々、ギラギラした感じで自分の教育観や講師の実績を伝えたら、嫌われるのかもしれないなって、
3回目落ちたときに気づきました。

 

自分に一番足りていなかったものは、謙虚さでしたね。

 

何十年、教育に携わってきた面接官からしたら、

何をほざいとんねん!この若造がぁ~!!

と思われていたのかもしれません。

 

ということで、翌年はこれまでの反省をたっぷり生かして、謙虚に、謙虚に試験に臨んだら、いい感じで面接が受けられて、合格できました。

ディラン先生

僕なんて、まだまです~!

学び続けますぅ~!!

 

遅すぎるわ!!

 

転職して教員採用試験に合格するために必要なこと6選【34歳で教諭になった視点で分析】

講師であろうと胸を張れ!

僕は講師時代、常に大事にしていたことがあります。

それは、講師であろうと胸を張れ!ということです。

 

たまに、講師を見下げるような扱いをする教諭の先生がいますが、講師という一つの枠で人を見るのは間違っていると思っています。

 

当然、講師の中には経験が浅かったり、そもそも変な人もいて、学級を荒してしまうこともあります。

 

けれども、それは教諭であっても同じであって、

 

お菓子ばっかり食べて、全然仕事しないおばちゃん教諭や、

 

「いやーん、私パソコン苦手やね~ん」といって、人差し指でキーボード入力する未開発教諭、

 

ひたすら重箱のすみをつつくような指導ばかりで、子供に嫌われまくっている教諭もゴロッゴロといるわけなんですよね。

 

僕はそんな、教育公務員という絶対安泰の地位(10年後はどうかはしらない)で、ぬるま湯につかって教育技術を学ぼうともしない教師には、絶対負けないと思って講師時代を過ごしてきました。

 

子供の前では、講師も教諭も全く関係ないですから。

僕はひたすら自分の腕を磨くために毎日をすごしていましたね。

 

教師は身だしなみからやろ!ってことで、

雨の日も炎天下の日にも、ひたすらカッターシャツにスーツで授業をしてた時期もあります。

 

2年くらい続けて意味なさげなのでやめましたけど。w

成長につながることは、とにかくやりまくりましたね。

 

これはバンドマン時代に培ったド根性パワーです。

人よりも毎日ギター弾きまくってたら上手くなるんですよ。

 

なので、採用試験に3回落ちたことは、ちょっぴりおバカさんではありますが、

それと教師力が低いとは無関係だと思っています。

 

ただ経験年数が長いだけでイキがっている勘違いヤロウ様がいても、僕は屈しません。

 

だけども、もしこれを読んでいる方の中に、講師から始めようかなと考えているのであれば、言っておきます!

 

講師にどっぷりはまったら抜けられません!!

ほどほどにしないとだめですよ。

 

詳しくはこちらで書いています。

教諭と講師の給料を比較!正規採用で年収40万UP!【教員の給料明細を公開】

教諭時代はただただ楽しいことばかり

採用されて、大きく何かがかわるのかなと思っていましたが、ほとんど何も変わりませんでした。

 

年収が40万円ほどアップしたのと、先輩教諭と対等に話をさせていただけるようになったことです。

 

ほんと、講師ってだけで、あからさまに見下すような扱いをしてくる人もいたので。

 

新任とはいえ、それまでの経験貯蓄があったので、余裕のプーさんでした。

 

新任指導の教諭さまが、途中からおいそれしましたと言って、

オールフリー!好きにやれ!状態になりましたから。

 

全然その当時も未熟、今もですが、

僕はデキているような見せ方がうまいんです。

 

めっちゃ、こいつクロウトかよ!?という感じを、はじめにバンバン醸し出す。

 

そのためには、僕の指導をチェックしに来るまでに、徹底的に準備をして、完璧に近い授業や学級指導を、

パ、パ、パーン!とするんですね。

 

ぐうの音もでないくらいに。

 

そしたら、はじめはチビチビと突いてきたものが、だんだんと「あなたにはあまり言うことないわね・・。」となってきたんですね。

 

そこにいきつくまでに、旅行のおみやげを渡すワイロ作戦やちょくちょく話しかけ作戦などをしたことも影響しているかと思いますが。

 

文句なしの評判はその指導教諭から管理職にも伝わりますから、

そうしたら、もう自分のやりたいように学級経営をすすめていけるようになりました。

 

子供、保護者との関係も超良好で、楽しいことしかないやん!この仕事ー!!

ってな感じの毎日を過ごしていましたね。

初めての6年担任は眠れない

ただし、いいことばかりは続かない。

山あり、谷ありが人生ってものです。たぶん。

 

仕事ぶりを認められ、前年度、ほぼ崩壊していた学年の担任をもつことになりました。

 

何でも初めてのことは勝手が分からずしんどいものですが、6年生の担任はハンパなかったです。

 

僕の勤めていたその学校は学力が他の地域よりもはるかに高く、学校行事が異様に多いのが特徴でした。

 

質の低い授業をやっていると、保護者からクレームがくるから気をつけなさいと、管理職から聞いていたほどです。

 

そんな学校の6年生、担任には労働基準法は適用されません。

働けど、働けど舞い込んでくる行事の準備と作業。

アホみたいに長引く学年の打ち合わせ。

 

いつ授業の準備すんねーん!て、

朝の4時とか5時に起きて毎日やっていました。

 

1度でも6年担任の経験があれば、そんな必要はないと思います。

時短しましょう!とか調子にのって言ってる先輩教諭に限って、その頃の辛さを忘れてしまっているんです。

(僕のことです。自戒をこめて。w)

 

とにかく、日々の業務をこなすためにフラフラになりながら働いていましたね。

土日も学校にいって、溜まった丸つけをしたり、準備をしたり。

 

今振り返れば、そんな無駄なことは省けばいいんだよ、と教えてあげられますが、

無駄かどうかもわからない!!

のが、初心者のつらいところですね。

 

あまりに仕事しすぎて、あまりに片付かなさすぎて、

ある日、衝動的に窓から飛び降りたくなったことがあります。

 

ほんと、正常な判断ができなくなってしまうんですよね。

 

すぐに、僕は正気に戻りましたけど、教員になってからほぼほぼ、余裕やん!

っていう経験しかしてこなかったので、その時のムノウ感、挫折感はけっこうなものでした。

またまた6年かよ!

紆余曲折ありながらも、なんとか初めての卒業生を送り出すことになりました。

ちょっと一息。

ゆっくり休みたいところですが。

その翌年もまた、6年担任でした。

 

けれども、教師としての挫折を味わった僕は、一回り成長していました。

あわせてウエストも。

 

一度やったことは、楽なものです。

 

またまた楽しい日々が戻ってきました。

そして、僕はここでいきなり人生の大きな転機をむかえます。

な、なに?脳梗塞だと・・・?

これまで風邪はひいても、大きな病気をしたことがありませんでした。

 

ただ、子供のころから片頭痛で、大人になってもずっと治らずにいました。

 

ある月、どうも頭痛が続くなぁってことで、脳神経外科でMRI検査をしたわけですよ。

 

そしたら、脳梗塞ですねぇって言われてしまいました。w

 

画像をみても、血栓がつまってしまっているのが分かりました。

 

後遺症はでていませんでしたが、

「場所的に失明しててもおかしくないところですね。」

とのことでした。

 

あせるでしかしぃ~!

 

思い返せば、最近どうも目がかすむな、ぼやけるなぁということがありました。

ただレンズがあってないだけだと思っていたのですが。

 

そんなこんなで、ここでは割愛しますが、今後も血栓がつまる可能性があるので、入院、手術を受けることになりました。

心臓に人口栓を挿入

検査によると、心臓に小さな穴があいているらしく、その穴から血栓が入り込んで脳に行ってしまうとのことでした。

 

なので、その穴をふさぐ手術が必要だったわけです。

 

どうやら、その手術がうまくいけば、片頭痛にもなりにくいとのことだったので、一石二鳥だと思いました。

 

今は医療技術も超進歩していて、足の動脈から細いカメラとカテーテルを挿入して、心臓にそう着できるそうでした。

 

とはいえ、めちゃめちゃ怖かったですね。

心臓にカメラが近づくと、異物だと判断して動悸がめちゃめちゃ激しくなるんです。

 

ずっと自分の心臓に言い聞かせていましたよ。

異物じゃない、友達だよっ!て。

意味ないですけど。

 

手術はさっと終わるかなと思っていたら、どうも医者どうしがけわしい表情で話し込んで、

 

何度もカテーテルを入れたり、抜いたりしているのがわかりました。

ちょ、ちょ、何てをこまねいてんのっ!てなもんです。

 

そして、何度か試したあとで、僕のところにやってきてこう告げました。

「穴がちっちゃすぎます」

 

えー!!!
ですよ。

 

手術までに1週間休みとって、入院して、手術してみたら、

穴がちっさいて!!

 

結局、手術はそこまででおわり、改善のための手立ては何一つすることなく退院することになりました。

ただ、自分の時間は手にいれられた

入院して手術も未完了のまま退院することになったのですが、決してこの経験もムダではありませんでした。

 

まあ、なんでも意味づけが好きなんですけども。

 

1週間も入院したことで、時間がくさるほど余っていたんです。

これまでは逆に、自分の時間などほぼなくて、家族との時間も削って仕事に明け暮れていましたから。

 

これはチャンスだと思い、持ち込んだ本やキンドルを読みまくったり、

youtubeをみまくって過ごしました。

 

そして、自分の人生観を根幹から揺るがすものを発見してしまいました。

 

この出会いによって、僕の人生はまたまた大きな局面をむかえることになりました。

 

おわりに

ということで、第四章はここまでです!

全然途中なんですけど、単純に長くなりそうなんでここで切ります。w

 

いよいよラストの第五章(ほんとは四章で終わるつもりでした)は、現在のディラン先生とこれからの展望について、自己紹介していきたいと思います。

 

自己紹介の記事がすごい勢いで読んでいただけるのは、嬉しいかぎりです!

ぜひぜひ、次回も楽しみにしていただけたらと思います。

 

貴重な時間をありがとうございました!

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