上手い授業や関わりができるのは当たり前でしょ【公教育の問題点】

 

こんにちは!ディラン先生です。

当ブログにお越しくださりありがとうございます。

 

この記事は、上手い授業や関わりができるのは当たり前。下手でも平然とのさばっていられる公教育の体質が問題というテーマで書かれています。

 

先日、ドラゴン先生という、元教員の方のTwitterをたまたま目にしたんですが、

「自分は世界一授業が上手いと思って授業をしていた」という内容のつぶやきをされていたんですね。

 

その他には、「子どもたちもそう思っているから」「文句ありますか」

というような内容だったと思います。

 

それに関して全く異論はないし、好きに呟けばいいと思うんですね。

 

このドラゴン先生という方はいろいろと自分の思うことをわありとフランクに発信されているようで、

以前にも一度記事で取り上げさせていただいたんですが。

教師なら授業が上手いくらい当たり前でしょ?

ドラゴン先生と同じように、

僕もわりかし自分の授業は面白いし、子どもの能力を伸ばせると思っているんですね。

 

子どもとの関わりも上手なほうだと思うんですよ。

 

そりゃ10年、たくさんの失敗を経験して、主体的にいろんな指導法を学びまくってきたら、

当然うまくなっているくらいの感覚は自分でも分かるはずなんですよ。

 

こんなこと言っていると、授業の達人とか、有名な教育実践家なんかが、

「じゃあ、おれの前で模擬授業やってみろよ!」とか言ってツッコミをいれてきそうですけど、

 

そんなマニアックなレベルのことを言ってるんじゃなくて、最低限の教師の仕事として、

 

上手い授業くらいは、自分でできていると感じられるでしょってことです。

 

授業が上手いくらい、教師なら当たり前のことだし、自慢する程度のことでもない。

技術者として当然と僕は思っています。

 

良い恰好してるんじゃなくて、何年もやっている教師なら、

まじでこの感覚ないとやばくない?って思うんです。

 

他職なら当然なことも教師はなぜか・・・

車の整備士が、オレは車の整備が上手い!とか、医者がオレの問診は世界一とか、自分から言わないですよね。

 

専門職だったら、最低限の能力だと思うんです。

 

公教育において、教師はそこの意識が薄いなと思うことがよくあります。

 

専門職だから、うまくて当然の感覚が弱い教師がわんさかいてます。

 

学ばない、授業下手、コミュ力低い教師が、けっこう現場では我が者顔でのさばっているんですよ。

 

教諭になったらゴールなのか・・

経験年数が浅くて、技術力が低いのは仕方がないことだと思うんですよ。

「ああ、こんな授業してしまって、ゴメン・・・」っていう。

 

だけども、学ぶ姿勢がなくて、子どものせいにしている若手教師なら、いずれ同じ道を歩むと思います。

 

採用試験受けて、教諭になった以上、子どもが食いつくような授業をできる技術や良質な子どもとの関わり方を磨いていかないといけないと思うんですね。

 

だけど、公立の教師はそこの努力義務があって、無いようなものだったりします。

”教諭になった者勝ち”みたいなところね。

 

お茶を濁したような研究授業や研修会が多いし、本気で教師力を磨いて努力している教師は全体の2割、3割程度なんじゃないかなって、

調べたわけではないですが、感覚的に思っています。

 

教師を目指される方や、経験年数の浅い方へ

公教育にはいろんな人、いろんな教師がいます。

 

熱い思いをもって教員になっても、意識の低い、他人を傷つけようが何とも思わないような人間が、

 

経験が浅い人の芽を摘もうとしてきます。

 

そういう害をまき散らす人は一定数いて、大きい声を出せる人間がのさばっているのも、これまでにたくさん見てきました。

 

そんな人間に負けないよう、折られないよう、

 

コツコツと勉強を重ねて、圧倒的な指導力を身につけて、将来活躍していただけたら、

それが、子どもにとってなにより幸せなことだと思います。

 

公教育のぬるい雰囲気に流されずに、自分をもって磨いていっていただけたら幸いです!!

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