何のための運動会?もうやめた方がいい5つの理由【教師の現場リアル談】

教師

さっさと走れー!!

テキパキと動けー!!

だらだらするなー!!!

 

次郎

あいつマジムカつく。

まったくやる気でないし!

運動会なんかいらない!!!

 

ディラン先生

あらー、山田先生、激しくやっちゃってますね。

子供たちの目が・・・。

 

当ブログにお越しくださりありがとうございます。

 

この記事は、運動会はもうやめた方がよい理由について書いています。

 

私は10年近く小学校教員として働いてきましたが、運動会にまつわる不可思議な学校文化に違和感を感じながら過ごしてきました。

 

振り返っても、やっぱりおかしいやん!ということで、運動会をやめた方がよいと思う理由をまとめてみました。

 

実際に運動会がなくなることはまずないと思いますが、何かしらの問題提起になればと思います。

小学生のお子様をもつ保護者の方であれば、ぜひ読んでいただきたい内容です。

 

運動会をやめたほうがよい理由

①多くの学習時間が練習に費やされる

 

②教師のための運動会だから

 

③達成感を味わえない

 

④行進・整列は時代錯誤

 

⑤組体で重大な事故が起きている

このようなことについて詳しく書いています。

それでは早速、本題に入っていきましょう!

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その①
学習時間が練習に代替えされる

運動会が10月に行われる学校では、夏休み明けの9月から1か月間、運動会の練習に取りかかります。

並行してプール指導もある学校はさらに忙しいことになります。

 

あるていど真剣な練習、そこそこの成果でよいのであれば、与えられた時数の中で運動会に向けて練習を重ねていくことができます。

 

ですが未だ多くの小学校では、軍隊式な訓練?のような、努力と根性の熱い指導で最高の成果を求める教師もいます。

 

そして、そのために必要な多くの練習時間を確保するために、総合的な学習の時間・道徳・学活・家庭科などいわゆる副教科とよばれる時間が次々と練習時間に充てられています。

 

もちろん表向きはちゃんと学習の時間も取っていますよと、書面には残しますがいい加減なものです。

 

管理職も細かいところまでは指導できないのか、気づいていない?のか、「仕方がないっしょ!」と割り切っているのかは分かりませんが、なんらおとがめなしです。

 

日本の学力低下が叫ばれる中、新しい教科が次々と増設されています。

そして、いよいよ大学入試改革がスタートしますが、学校現場では今でも旧態依然のままの指導を変えようとしない、いや、変えられない状態が続いています。

 

運動会前の1か月は、学級もバタバタとした雰囲気で、落ち着いて学習に取り組める環境ではなくなります。

 

このような状況で一番被害をこうむるのは、じっくり教えてもらえない学力低位の子と、ADHDなどの特性をもった急な環境の変化が苦手な子たちです。

 

教師も細かなことを見落としがちになるので学級の状態も崩れやすくなります。

その②
教師のための運動会

毎年9月は自問自答の季節

そもそも、運動会はだれのためにあるのかと何度も考えてきました。

少なくとも8割強は教師、学校のためなんじゃないかと私は思っていました。

 

全国的に下火になりつつある組み立て体操の担当学年の教師は、常にピリピリした雰囲気で指導をしています。

もちろん怪我をさせてはいけないという理由もありますが、それだけではありません。

 

前年度の出来栄えや他学年の教師からのプレッシャーを、勝手に背負いこんでしまうためだと考えられます。

 

また、体育の指導にこだわりのある教員は、自分にはできるという自負というかプライドのようなものがあり、無自覚に高いレベルを求めるように思います。

 

そのようなつもりはなくても、子供が教師の自己実現のための駒になっていることは教育界ではよくあることです。

 

周りの評価を気にしすぎる故の悲劇

以前勤めた学校の保護者が、組体が終わった後に、「今年のなんだかしょぼいねー」と会話しているのを聞いたことがありました。

 

自分が担当する学年の演技がしょぼい出来になるのは、多くの教師はなんとしても避けたいと考えます。

ちゃんと指導しているのかという周りの目を過剰に気にしすぎることも、原因の一つだと思います。

 

そしてその結果、子供たちへの怒声が飛び交う猛練習が毎日2時間、猛暑の中行われます。

 

思うように進まない焦りと、テキパキと動かないイライラで指導が荒くなっていきます。

 

組体だけでなく、高学年は基本的に厳しい指導が多いですが、低学年や中学年でも、教師の怒声は発せられます。

 

特に全体指導が上手ではない年配の女性教師や、中堅のいけいけ男性教師に多く見られますが、ギャンギャンと怒鳴ります。

 

過去には、怒りすぎて蹴飛ばしている教師もいました。

管理職に報告しましたが、口頭注意で終了です。

 

このような実際の練習現場を、保護者はこっそり見に行くべきです。

授業参観のような取り繕ったものではなく、学校のリアルを知るのは子どものためです。

 

私はよく、ギャンギャンと怒鳴る教師の横で、「うっせーなー、黙れよ!」と心の中で思っていました。

きっと子供の中にもそう思ってすごしていた子は、多かれ少なかれいたと思います。

 

厳しい = 悪 ではない

間違えてはいけないのは、決して厳しい指導が悪いのではなく、自分の指導力不足を棚に上げて、思うようにならなかったら感情的に怒る姿勢が教育者としてアウトだということです。

 

また、やりたくて集まった集団、例えば野球のリトルリーグやサッカーチームの方針で、時に厳しい指導がある分には好きでやっていることなので子供も耐えることもできるでしょう。

 

ですが、学年の団体演技など誰が好き好んで自発的に取り組むのでしょうか。

そして、教師の理不尽な怒声によくぞ耐えているな子供たちと思うわけです。

 

運動会の目的
「さあ、苦難を乗り越えなさい!」

運動会を行う目的の一つに、「やりたくないことも乗り越える力を育むため」だと主張されることがあります。

 

ぶっちゃけ、大きなお世話であり、それを目指すのであれば、教師は事前に子供たちに目的意識を持たせて、自発的に取り組めるようにしなければいけません。

 

そのような手順も踏まずに、強制的に「義務なんだからお前ら動けー!」と進める教師がいかに多いことか。

 

このような現場の実態を何年も見てくると、感覚がマヒしてきそうになります。

 

われわれを反面教師として学んでください

私は、怒声が飛び交う学年の指導が行われた日に、子供たちにこのように話したことがありました。

 

「練習が思うように進まず、〇〇先生も不安になったり、イライラしてしまったりしてあのような指導になっているんだと思う。

そこはすまないが理解してほしい。」

 

「みんなは自分の思いや考えを伝えるために、感情的に怒ったり、怒鳴ったりして伝えられるとどんな気持ちになったかな?」

 

「素直に聞こうとは思えなかったよね。」

 

「どうやったら気持ちの良い、相手に伝わりやすい関わりができるのか、ぜひ、大人たちの姿を見て学んで欲しいです。」

 

このように伝えたことがありました。

 

大人の姿からこのようなことしか学べないのは寂しいものですが、これがリアルです。

 

その③
達成感を味わう子供はごく少数

いっそのこと競技大会ではだめなのか?!

子供の頃、運動会の楽しみといえば徒競走やリレー、障害物競走などの競技でした。

何年経っても、子供たちにとってエキサイティングな活動は変わっていません。

 

事前にかけっこの練習をしてくる子、徒競走で1位をとるためのコツを食い入るように聞いてくる子など。

 

競技で1位をとれること、たとえとれなかったとしても子供にとっては大きな達成感を味わえる機会になると考えられます。

 

この点では、運動会を行う意義はあるかもしれません。

 

では、ダンス、ソーラン節、組体などの団体演技ではたしてどれだけの子供が達成感を味わうことができているのでしょうか。

 

もちろん、担任の働きかけや学年の取り組み方によって、子供の充実感や達成感は大きく違ってきます。

 

 

これまでに、担任の力でこれだけ子供が真剣に取り組んで、成長できるものなのか!!と驚かされるような教育実践も見たことがあります。

ですが、それはごくごく一部のスーパー教師の下で行われているのであって、重要なのは全国規模でどうなのかということです。

 

達成感のアンケートがあるならば

悲しいかな、多くの子供の感想は、「やっと終わった」「しんどかったー」が大多数なのではないかと思います。

 

私の実力不足は大いにありますが、これまでに何度も担任をして運動会を経験してきましたが、団体競技を終えて充実感で満たされている子供の姿を見たのは数える程しかありません。

 

むしろ、応援団に参加した子供の方がよっぽど充実感にあふれた表情をしています。

応援団はやりたくてやっていますからね。

 

その④
行進・整列は時代錯誤

運動会の練習の中で、最も無駄で野蛮な時間は入場行進の練習だと思っていました。

 

学校によっては運動会前に2,3日かけて、学校全体で入場行進やラジオ体操の練習を繰り返し行います。

 

そして、まるで軍隊かのように、「列をそろえろ!」「足を上げろ!」「手を振れ!」と怒号があちこちでギャンギャンと響きます。

 

自分は正しい指導をしていると疑いなく思いこんでいるところがヤバイです。

 

たとえ1年生であっても容赦はありません。

抽象的な指示が理解しきれない1年生だからこそ、格好の餌食になるのかもしれません。

 

「そこー!!そろえる!!」

「横ー!!遅れてるー!!」

 

あちこちで、統一性のない抽象的な指示が飛び交います。

 

積み重ねがないとできない

どの学年にも共通して言えることですが、普段から歩き方、手の振り方、そろえ方などの行進の仕方を全くやってきていなかったにも関わらず、運動会直前になって完成度の高い行進を求めるのは虫が良すぎます。

 

いきなり求められてやれるもんじゃないんですよね。

 

また、何のためにやらないといけないのかも子供は理解していませんから、教師の思うようには足も上げないし、手も振りません。

 

それが普通の摂理だということを理解できていないために、子供がやらないことにキレてしまいます。

 

今の時代には完全にミスマッチ

現在は昭和でも平成でもなく、令和です。

これを機に小学校の入場行進なんて廃止すればいいのにと私は思っています。

 

高度経済成長期なら全員が右向け右で、同じことを指示通りにやっていたら評価されていたでしょう。

そのような社会であれば、全員が足並みを揃えた行進も意味があったのかもしれません。

 

その名残りだけが今も脈々と引き継がれて、今では保護者や地域の方向けの見栄えだけのためにやるものになっているように思えます。

それは、子供の将来には意味のないものです。

 

入場行進は思考停止の状態に気づけていない、熱心な教師によって構築されたルーティンワークです。

 

これほど社会に出て役に立たないものはない!と、指導している時間がばかばかしく思えていました。

 

もし可愛い我が子が運動会の入場行進をする際に、手足をピシッとそろえて一糸乱れぬ行進をしたらどう感じるでしょうか?

不気味ですよね。

 

それこそ普段、どんな訓練をやってきたのかと思ってしまいます。

 

それよりかは、列が多少ずれてたり、はみ出していたりしてても、楽しそうにニコニコと入場してくれる方が親としては安心なのではないでしょうか。

 

なので、行進や並び方にこだわりすぎる教師は、保護者でも子供のためでもなく、自分の満足感のために指導しているように私は思います。

 

子供にあれこれ指導していると、仕事をしている気になりますから。

 

その⑤
組体で骨折・後遺症・死亡者まで出ているのに

組体によって骨折者や後遺症、これまでに9名の死亡者がでているにも関わらず、未だ組体をやめようとしない学校体質は異様です。

 

2016年に文科省から、安全を確認できないのであれば中止すべきとの通達を受けて、事故防止への一定の効果は見られました。

 

ですが、兵庫県では平成29年度に比べて、30年度にはピラミッド7段を実施した小学校が3校増加して、12校あったそうです。

時代に逆行して、危険な取り組みが増加していることの理解に苦しみます。

 

 

2015年9月に八尾市の中学校で行われた組体の動画です。

ニュースでも報道されましたね。

 

この光景は異様です。

周りで落ちないように構えている教員たち。

 

落ちる可能性が高いのであれば、止めておけばよいのにと思うのですが。

 

とはいえ、私もかつて同じように、熱心に上の子供を受け止めようと構えていたことがあります。

 

運動会前に6年生担任から役割分担表を渡され、「〇〇先生はこのあたりを支えに行ってください」とお願いされるんですよね。

 

熱が入っている時は、自分は良いことをしている、素晴らしい教育活動をしていると信じて疑いません。

 

ですが、一歩離れて見た時に、こんな危険なことをよくさせるなと思いました。

 

落ちてけがをしても、たいがいのケースはスポーツ保険で見舞金が支払われて終わりです。

 

誰が責任を負うのか、実施させた学校の落ち度はないのかなど、死亡や障害の残る事故でないかぎり、なんとなくうやむやになって流れていきます。

 

そして、”今の子は骨が弱い” 

”あれくらいで骨折なんて” 

”なんでもかんでも過保護にするからできなくなる”

といった信じがたい声が現場で聞かれるようになります。

 

リアルな話ですよ。

 

重大な事故が起こり得る可能性が高いにも関わらず、

”なんとかなるだろう” 

”失敗を恐れるな!” 

”そんなこと言ってたら何もできない”

といった、ただただ最終的には無責任な教師の教育活動に子供を犠牲にしてはいけません。

 

この先、法的な規制を敷かない限り、組体は細々と伝統的に続けられるのではないかと思います。

 

組体に替わる、新しい団体演技の指導に取り組む謙虚な姿勢があれば別ですが。

まとめ

運動会をやめたほうがよい理由

①多くの学習時間が練習に費やされる

 

②教師のための運動会だから

 

③達成感を味わえない

 

④行進・整列は時代錯誤

 

⑤組体で重大な事故が起きている

いかがだったでしょうか。

運動会は競技などによっては、子供の成長にとって有益なものなのかもしれません。

 

ですが、本番当日までに費やされる時間・労力・余計な叱責などを考えれば、これまでと同じように実施する意味を見つめ直すことも必要だと私は思います。

 

子供は家では、学校での様子を事細かく話せないこともあるかと思います。

 

練習現場がどのような光景なのか、実際に親御さんが確認することは必要だと思います。

 

その結果、子供の成長につながる声かけや指導をされているのであれば安心してよいでしょうし、

逆に、その声かけはちょっと違うんじゃない?!と思うことは、しっかり教師に伝える必要があると思います。

 

外部の指摘が入りにくい分、閉鎖的な空間の中で子供たちは、教師帝国の奴隷になってしまいがちです。

 

もちろん教師はそんなこと無自覚でやっていますから、逆に危ういのです。

どうぞ、自分の目でお子様の安全をご確認していただき、子供たちが安心してすごせる環境が守られることを願っています。

 

貴重な時間を使って、最後まで読んでくださりありがとうございました!

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